午睡するキミへ
 


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それが故意でも、はたまた思わぬ側杖や事故でも、
何者かの“異能”でこうなったというのなら
原則的には太宰の“人間失格”であっさり効果消滅するはずで。
ただ、稀だが発動させた異能者当人へ触れねば解けないものもある。
そういう種の異能の場合、
制御の鍛錬をがっつり積んでいるとか、
そもそも根源の力が大きいというか強いというタイプならば、
聞こえは悪いが一種の呪いのように、
掛けた当人が解かねば解けない、特殊な縛りがあったりしもするのだが。
世にいう“開放型”のそれ、意図的なものではないとか、
若しくは制御できるほど意のままに操れてはいない場合、
距離が生じるか時間が経つと、
自然解凍よろしく ふっと効果が途切れるもので。

 「だが、それってあくまでも統計的なもんだろうよ。」

異能というものの解析はさして進んではおらず、
本人の生気や気力が、その根源だとまで証明はなされていない。
フィジカルな素養なのかもしれないし、
バイタルが止まれば自然消滅する例もなくはない。

 *身近な例というか とある事件にて
  心臓が停止し、仮死状態となった本当にわずかな刹那、その異能が途切れたがため、
  常套なら受け付けなかろう与謝野の治癒異能“君死給勿(きみしにたもうことなかれ)”の恩恵を
  受けることが出来た誰かさんという例がある。(某小説版への ネタばれ、すみません)

超常現象とか超自然現象というのは、途方もなく不自然なことだという意味なのであり、
だったら、人知による解明なんて抑も受けつけないものなのではないだろか。
自然への畏怖心がそうさせる警戒心から、
何にでも法則性を見つけんとし、それによって制御なり予防なりをしたいとする、
科学万有の論を 金枝玉条の如く御大層に振りかざすつもりはそれこそないが、

 「どんな例外だってあろうよと言いたいのかな? ちびっこマフィア君はvv」
 「手前ぇはよぉ~~ いつかその回りすぎる舌を引っこ抜いてやんぞ?」

敦くんの現状がどんな異能のせいかは相変わらず判らぬものの、
もしかして…そんな風にす~ぐ揮発性の高いモードへなだれ込むから、
この小さな子虎くんから怯えられている彼らなのかも知れぬ。だって、

 「可愛いですねぇ、虎の敦さん。」

言うこと聞かない牛は手近なものでぶん殴るがモットーの賢治くんが、
自分よりも小さくなった同僚さんへ、
それは にぱーっと邪気のない笑顔で笑いかけつつ
ぴょこりと立った獣耳の間に手を伏せて頭を撫でれば、

 「♪♪」

自分への害意はないと判るのだろう、
なでなでに素直に甘え、にゃは~っvvとそれはご機嫌そうに笑顔を返す敦くん。
この顔ぶれへの馴染みが見られないということから案じられもしたれども、
どうやら単なる幼子へと退行しているだけなようで。
虎並みの野生に返っていての、何もかもへと警戒心丸出し…という訳でもない様子。
そういや遭遇したのは未明の路地裏でだったと言っていた芥川でもあり、
探偵社が始業するまで待ってたらしいのは判るが、その間、一体どうしていたのか。

 「ご飯とかどうしましたか?」

だって敦さん、結構たくさん食べますよ?と、
やはり特に他意はなさそうに朗らかに口にした賢治だったのへ、

 「一旦戻って、牛乳と菓子パンを。」

それでなくとも指名手配犯だし、子連れでうろうろしては目立つことこの上ない。
その辺りはさすがに判っており、そのように対処した黒の青年だったようで。

 「虎があんパン食ったのか。まあ敦なら好物ではあろうけど。」
 「いやいや芥川くんの好みのものなら、ジャムパンじゃあないのかな?」

微妙な話題へ復活してるんじゃありませんよ、先達二人。(笑)
頭を撫でたら、完全体の虎の仔ではなくなってたという話を聞いてましたか?
……じゃあなくて。
長い御々脚を折りたたみ、
なめらかな所作にて坊やの傍に屈みこんで、
やっと懐いてくれた敦くんのフワフワな頬の感触を堪能していた太宰さん。
キャッキャとはしゃぐ無邪気な様子へ自分もまたほんわり柔らかく頬笑みながら、
それと並行して思索を進めていたものか、

 「誰ぞの良からぬ悪戯か、それとも
  ひょんな関わりがあっての “もらい事故”かと考えていたけれど。」

微妙に虎の姿が居残っているのは、彼自身の異能“月下獣”の片鱗に違いなく。
先程 宙づり状態で捕まえてきた折も、
暴れかかった爪が掠めたところは
しゅんとしおれるように黒獣が外套へ戻りかかってもおり。
敦本人の異能が封じられたの使えなくなったのという効果は出ていないようで。
そういったあれこれを考慮したうえでの結論か、

 「…もしかしたら敦くん自身の異能の暴走なのかも知れないねぇ。」

太宰がその大きめの頼もしい手の中で、敦の携帯端末をパチンと閉じつつそうと呟く。
というのも、

 携帯端末を途中までは持ってたということは、
 寝間着から着替えた敦くんなのだろか?
 そんなごそごその気配を、
 あの鏡花ちゃんが気付かないというのも何だかおかしい、と

そこから確かめんとし、やはり捜索に出ている鏡花へ
自分の端末で電子書簡を送ってそこを尋ねたところ、
前夜は遅くまで対処に掛かっていた現場からの直帰で、
そのまま押し入れの定位置へ倒れ込むように寝た彼だったそうで。
腰から下、脚の大半がはみ出してたの、
起こして寝直させるのもかわいそうだと思った鏡花ちゃん。
下敷きになってた掛布を引き抜くと、
それでも起きなかった少年の上へ掛けてやって そのままにしといてやったとか。

 「さほど恐る恐るという気の遣いようではないんだね。」
 「というか、ホントの兄妹のような遠慮のなさなんだねぇ。」

大事と思ってないわけじゃあない、
恐らくは誰よりも大切な“身内”だからこそ、
風邪をひくよりはと思い、やや手荒にてきぱき扱ったのであり。
コツのようなものを心得ているからこそ、
叩き起こされた恰好にもならずの、そのまま寝付いた敦くんだったと思われ。
またぞろ話が明後日へ飛んで来かけましたが、

 「対処とかいうのが後始末だか何だか知らねぇが、
  遅くまでかかった大変な現場だったってのは、
  誰かさんがそそくさとすっぽかしての人手不足からってんじゃなかろうな。」

斜に構えた視線をちろりんと、
同僚時代にそれはそれは手を焼いた誰かさんへと向けてから、

 「そりゃあ置くとしてもだ。
  てことは、敦は寝間着に着替えてもなかったってことだよな。」

現場から戻って来たまま、所謂“バタンキュー”したことになると。
やはり傍らへ屈み込み、衣嚢に入れていたらしいミルクティ風味の飴玉を摘まみ出すと、
包装紙を解いて“あ~”と促し、大きくお口を開いた虎の坊やへ食べさせた中也が
ふむと何かしら得心が行ったよな顔になる。
今ここに居る敦のいでたちは、
着替えないままだったなら普段の仕事着にしているあの恰好だったはずだのに。
孤児院で着ていたそれらしいお仕着せ、しかもジャストフィットの子供サイズなわけで。

 「そういやぁ、
  探偵社の連中の異能は、社長殿の異能で制御されていると聞いたが。」

 「ああ。
  無理から押さえつけられているような格好の“制御”ではないけれどもね。」

武装探偵社社長、福沢諭吉の異能 “人上人不造(ひとのうえにひとをつくらず)”は、
異能の出力を調整し制御を可能にする制御能力で、自分の部下にのみ発動する。
福沢が 自分の部下、すなわち“探偵社員”と認定せねば発動せぬため、
探偵社の社員にならんとする者、特に異能を有するものに限っては、
見ず知らずの他人のために身を呈すだけの正義の心があるかを“入社試験”にて試される。
まだ年若く、膨大な力に振り回されていた感のあった敦や鏡花は、
社員と認可されたことで社長の異能の制御下に置かれ、
その途轍もない異能が暴走するようなことはない身となれたし、
様々な応用や、鍛錬を積んで得た使い勝手からの応用か、所謂“進化”も見せており。

 「ひょっとして、社長が帝都へ出張していることが関係するのでしょうか。」

何とはなくの正解…に近いだろう推測に
いち早く辿り着いたらしい太宰と中也の問答がヒントとなって、
谷崎にもその仮説とやらがするすると想起されたようで。
傍らに居る賢治とお顔を見合わせてから、そうと確かめるように訊いてくる。
だとしたら、早急に戻ってもらわねばと思ったか、
それとも、敦くんの異能はそんな作用が出るほど制御が難しいそれなのだろかと感じたか。
どちらにしてもすがるようなお顔なのは、
何て面倒なと思ったのではない、
可愛い弟分が大変だぁと焦っておいでの彼だというのがありありしており。
相変わらず心根の優しい潤一郎くんなのへこそ、
太宰も、マフィアの幹部殿も、おやまあとやんわり苦笑する。

 「う~ん、全部が全部そのせいって訳じゃあない、とは思うのだけど。」

まさかに物理的に遠く離れてしまったら効かなくなるという種のものではないだろし、
そういう代物であるのなら、
社長が意識朦朧となるほどの痛手をこうむった“共食い”騒動のあの時なぞ、
皆して制御ままならぬ身となり、大変なことになっていたに違いなく。

 “いや 別の意味で十分大変な事件ではあったのですがね。”

そ、そうでしたね。
諭吉さんが亡くなり、探偵社が潰えてしまうなんて大問題で、
かといって鴎外さんが亡くなってしまい、
ポートマフィアが内部崩壊してしまっても ヨコハマは大混乱に陥ったはずで。
相手が悪いわけじゃあないのは承知の上で、生き残るためだと衝突を余儀なくされて、
そちらこそが主題となってた“痛手”でしたっけね。すみません。

 「ただまあ、社長と乱歩さんが帝都へ発ったのは、
  急な予定変更もあって 未明の頃だと聞いているし、
  間の悪いことには くたびれ切ってた敦くんの身の内で、
  “月下獣”への制御が多少は弛んでいたのと機が合ってしまったのかも知れないし。
  詰まるところ、いろいろと複合されてのことなんじゃあないのかな。」

こんな状態になったなんて初めてのこと故、それこそ前例がないのでどうとも言えぬ。
本人だとて判ってなかろうから、乱歩さんの超推理で解明してもらうしかない事案。
勿論、大したことじゃあないとは言えない事態で、
若しも一般市民に見つかっていたら、
仔獣でも虎が徘徊しているなんて異常だと、
警察へ通報されたか それとも、可愛さ余って強引に攫われていたか。
見つけてくれたのが知己の芥川だったのは、もしかせずとも僥倖と言えて。

 「???」

柔らかい頬をちょっぴり膨らませ、
時折 からころと歯にあたる音を零しつつ、飴玉を舐めてる可愛い幼子が、
皆様からの注視を浴びて、キョトンと愛らしく小首をかしげると、

 「……はあ、なんてことだろうね。
  私、何がどう間違えても幼子に萌えたりなんかしないと決めていたのに。」

心臓でも苦しくなったか、
その頼もしい胸元へ綺麗な所作にて手のひら伏せたのが太宰なら。

 「先に言っとくが、敦に手ぇ出したらこの俺が通報してやるからな

胡乱なものを見るように半目になって、そんな警告を発したのが中也だったりし。

 「マフィアが通報だって面白いね、やってみ給えよ。」
 「おうおう、
  日頃から自殺しまくっちゃあ通報されていよう手前が相手なら
  市警も軍警もさもありなんと拿捕してくれようよ。」

 「ですから、お二人が角突き合わせてどうしますか。」
 「しまちゅかvv」

あああ、誰かこの混沌とした有様を止めてと、
敦くんに勝るとも劣らない“不運ホイホイ”な自分を
しみじみ噛みしめちゃった谷崎くんだったとかそうでないとか……。




to be continued.(18.10.14.~)






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 *まだ推定ではありますが、
  太宰さんが出した結論というか推量はこんな風に落ち着きましたよ。
  騒いだ割に呆気ない落としどころになっちゃいましたが、
  可愛い ちみっ子敦くんを書けたから、ま・いっかvv